大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

秋田地方裁判所 昭和23年(ヨ)61号 判決

申請人

帝国石油株式会社

被申請人

田淵正二

外三名

主文

申請人の申請を却下する。

訴訟費用は申請人の負担とする。

申請の趣旨

申請代理人は「地位消滅確認請求事件」判決確定に至る迄

(一)、被申請人田淵正二に対し帝国石油労働組合中央委員長兼帝国石油労働組合秋田地方委員長たる職務の執行を停止する。

右停止期間中秋田市寺内将軍野七十五番地の二小倉勇をして右職務を代行させる。

(二)、被申請人本村力に対し帝国石油労働組合秋田地方八橋支部長たる職務の執行を停止する。

右停止期間中秋田市下米町一丁目坂本隆をして右職務を代行させる。

(三)、被申請人佐藤金一に対し帝国石油労働組合秋田地方八森支部長たる職務の執行を停止する。

右停止期間中能代市上川反町五十九番地木内新三郎をして右職務を代行させる。

(四)、被申請人高橋実に対し帝国石油労働組合秋田地方秋田支部長たる職務の執行を停止する。

右停止期間中秋田市川尻町総社前八十二番地の二西田久雄をして右職務を代行させる。

との裁判を求める。

事実

(一)、申請人は資本金四億六千万円を擁し本店を東京都新宿区に鉱業所又は製作所を柏崎市、秋田市、酒田市、札幌市、新潟県山本村、東京都太田区に有し更に右鉱業所(又は製作所)に所属する作業場四十一ケ所程を有し、一、石油資源の調査又は開発、二、石油の売買、三、石油資源の開発事業に対する資金の融通又は投資、四、前各号事業に附帯する事業を業務とする特別経理会社であるところ昭和二十三年三月現在従業員総数約九千三百名を擁するものである。

然るにその経理は会社経理応急措置法及企業再建整備法によつて特別損失金約二億余円(昭和二十二年七月十五日現在)同二十三年一月は約一千六百万円二月は約一千八百万円三月は約三千三百万円の損失を生じている実情にある。

斯くの如く申請人会社は損失累増の会社であるがこの損失は実に過剰人員に原因している。

(二)、申請人会社は戦時中徴用員としてその従業員約五千名を南方に派遣し一方同時に内地産業の急速増加の要請及南方派遣要員要請の意図を以て相当多数の補充を行つたところ終戦後南方徴用者は続々帰還しその結果尨大な人員を擁するに至つたが之に対して戦後十分な整理を行わなかつたため絶対的過剰人員を生じた。然るに人員の増加は必ずしも作業量の増加を来たさず却つて過剰人員は能率の低下を示し尚産油の減退と相俟つて赤字を累増しつつあるのである。

(三)、申請人会社にはその勤務する従業員を以て組織する帝国石油労働組合と称する労働組合があり申請人会社とその組合間には昭和二十二年八月一日附を以て締結された労働協約が存するところその労働協約は同二十三年一月末日を以て、満期となるが満期に至つて新協約が締結せられないときは協約は尚存続するという所謂自動延長の特約があつた。この自動延長の特約がある場合当事者一方の反対にかかわらず、他方が該協約を解除することが出来るかどうかということは、労働協約の問題として学界及実際に問題とされるところであるが正当の理由ある場合、之を解除し得るというのが通説であり、又申請人会社と組合との労働協約に於てはその第三十二条に当事者の一方より他方に対して申出又は要求があつた事項については、之れが解決のため速かに交渉に応じ両当事者信義によるものとする旨の明約がある。従つて右通説及びこの明約を根拠として、申請人会社は組合の債務不履行を原因として、同二十三年九月二十二日本件労働協約を解除したのである。

(四)、申請人会社と労働組合間には、同二十三年三月以降賃料改訂退職金制度改訂労働協約改訂人員整理問題等に関して紛議が継続した。そのため組合は同年六月二十五日東京中央労働委員会に対して、右諸件について調停を申立てこれが受理せられそれについては同年七月八日以降十回内外に亘る多数の委員会を開催の上調停案を示されたがその案については、労資共に条件附回答をなし調停は不調に終つた。

(五)、申請人会社と労働組合との紛争問題主題のうち企業整備による人員整理事項については労資共に仲裁によることを中央労働委員会に申請し本件仲裁については、中央労働委員会よりその人選についての内示があつたがその人選の一部につき双方異議があつて仲裁は容易に進捗しなかつた。

(六)、元来石油は日本総使用量の九十パーセントは米国より好意ある輸入を受け十パーセントは日本に於て生産しその十パーセント中九割以上は申請人会社に於て生産するものであるから申請人会社の事業は日本産業生産上必要欠くことのできない事業であつて、労働関係調整法による公益事業の指定はないが本質は公益事業と何等変りがなく、更に申請人会社の事業目的中には公益事業と認定せられたガスの製造事業もある。従つて、ストライキはただに会社の事業の運営を阻害するばかりでなく、米国の輸出負担の過重を招来し、日本の生産再建等にも甚大な影響を及ぼすのであるから、従業員のストライキ等は公共の福祉の観点よりして絶対之を避くべきものである。申請人会社の従業員は昭和二十三年三月以降全体的若くは部分的にスト又はサボを決行し、之がため生産を阻害し日本産業復興に重大な損害を与えた。これに関連して連合軍総司令部及労働省は前記申請人会社の事業の公益性に着目せられたものか申請人会社及組合の両者に速かに当事者間で自主的に之を解決するように勧告された。

(七)、そこで同年十一月十八日申請人会社及組合双方慎重なる考慮の結果団体交渉を以て仮協定を締結した。その要旨は次のとおりである。

一、解雇人員は二千十六名とす。

二、七百七十七名の解雇は之を棚上とす(既退職者停年延期中の者を含む)

三、解雇手当は三千百円べースの実収の六ケ月分とす。

四、七、八、九、十、十一月の給与差額金のうち平均五千円は仮調印後直ちに支給するものとす。解雇者に対しては解雇の際残額を支給するものとす。

五、十一月三十日迄に解雇実施完了するよう努力するものとす。

六、仲裁申入は之を取下げるものとす。

右仮協定成立と共に申請人会社及帝国石油労働組合は前記仲裁の申請を取下げた。

七、前項の協定に基き申請人会社は経営権と人事権にもとずいて人員整理による解雇者を決定し他の事業場解雇者に通知したが秋田に勤務する解雇者については同年十二月五日附を以て解雇する旨通知しもとより被申請人等にも通知した。

八、次に山形県に所在する申請人会社事業場に勤務する従業員の団体は同月四日団体交渉を以て申請人会社との間に人員整理賃上及退職金等に関しては円満な仮協定を締結し紛争を解決した。

九、続いて同月六日山形鉱業所従業員団体と申請人会社との間に仮協定を確認した本協定を締結した。

十、同日申請人会社は申請人方の従業員たる帝国石油労働組合の団体交渉代表者との間に企業整備による組合員の解雇人員を左の通りとし、

本社(技研臨開を含む) 一一一名

柏崎鉱業所 六八七名

秋田鉱業所 六九一名

北海道鉱業所 一〇五名

東山鉱業所 一六二名

合金工具製作所 一三名

その他給与体系退職手当等の協調をなして本協定を締結し組合はこれを確認し形式的には全く紛議の解決を見た。

十一、前項のような次第であつて会社と組合との間の紛議となつていた主要問題は円満妥結したのにかかわらず秋田地方に従事する従業員中申請人会社より解雇通知を受けた従業員は前記適法に成立した団体交渉を否認し解雇を受けたにもかかわらず解雇無効を主張しようとしている。被申請人四名共昭和二十三年十二月五日企業整備による整理の解雇を受けたものである。

十二、そもそも組合員たるには会社従業員たることを要件とし組合幹部たるには組合員たることが要件であることは言を俟たない。然るに被申請人四名共前項記載の日前項の解雇を受けたのにかかわらず、依然として被申請人田淵は帝国石油労働組合中央委員長兼帝国石油労働組合秋田地方委員長として被申請人本村は帝国石油労働組合秋田地方八橋支部長として被申請人佐藤は帝国石油労働組合秋田地方八森支部長として、被申請人高橋は帝国石油続働組合秋田地方秋田支部長として、孰もその代表権限を主張し、不当に実質を有しない権限を行使しつつある。又解雇された者は会社の事業場に這入り得ないことは勿論であるにかかわらず現在秋田鉱業所及管下事業場に於ては、解雇を受けた者が事業場に出入し或いは出勤簿を破棄し、若くは申請人会社のなした掲示を破棄し或いは従業員の正常な業務の遂行に支障を与えそのため申請人会社の生産能率の低下を惹起せしめ申請人会社をして非常な損害を蒙らしめている。

十三、申請人会社は組合の相手方として重大な利害関係を有するから、被申請人等を相手方として解雇其他地位消滅確認の本訴を御庁に提起しようとするものであるが、本案判決確定に至るまで適当な措置を講ずるのでなければ回復することの出来ない損害を生ずる虞があるので本申請に及ぶ次第であると陳述した。(疎明省略)被申請代理人は本件申請を却下するとの裁判を求め答弁として申請理由中

(一)、第一項中申請人会社の経理状態その損失が過剰人員に原因していることは否認、その余は認める。

(二)、第二項中申請人会社が戦時中徴用員として南方に五千名を派遣した点は認めるがその余は否認。

(三)、第三項中労働協約は解除し得るとの通説の存すること、および会社と組合間の労働協約が解除されたことは否認、その余は認める。

(四)、第四項中組合側が条件附回答をなしたのではない組合は調停案を全面的に受諾したが会社が条件を附したので調停は不調に終つたのである、その余は認める。

(五)、第五項中仲裁は容易に進捗しなかつたとある点は否認(仲裁手続に入らなかつたのである)その余は認める。

(六)、第六項否認。

(七)、第七項否認。

(八)、解雇通知が被申請人等に送達されたことは認めるが、その効力は否認するその余は不知。

(九)、第九項不知。

(一〇)、第十項不知。

(一一)、第十一項不知。

(一二)、第十二項中解雇通知を受けた従業員が解雇無効を主張している事実は認めるがその余は否認。

(一三)、第十三項中被申請人等が組合役員としてそれぞれの権限を行使している点、事業場に出入している点は認めるが、その余は否認。

(一四)、第十四項否認する。

と答へ抗弁として、

(一)、申請趣旨のごとく使用者たる会社の指名する者をして組合委員長や支部長の職務を代行せしめることは労働組合法第二条に保障せられた組合自主権を侵害することとなり、かかる仮処分は根本的に不当である。

(二)、労働協約は有効である。

1、労働協約は新なる労働法理念によつて解釈せらるべきもので民法の規定により解約し得るものではない。

2、本労働協約第三十二条は労資相互間の交渉の円滑化を企図したものであつて協約解除の要件を定めたものではない。

3、仮りにそうであるとしても組合は信義に反した行為をしておらない。会社側が組合の当然承諾出来ないやうな改正要項を提示して来た場合その要項を変更するに非れば協議に応ずることの出来ないとするのは当然である。又組合側も先に改正の要項を提示していたのであつて会社側が右の改正を故意に延引し自動延長の実績を有し乍ら自己の改正案に組合が応じないから、協約を解除するといふことは明らかに一方的であつて不当である。

したがつて右労働協約に基く人事委員会規則も有効であり会社は人事委員会の議を経ずして被申請人等を解雇したのであるから、右解雇は無効である。

(三)、被申請人等はいづれも組合幹部で熱心に組合活動を続けて来たものでありこれに対する解雇は労働組合法第十一条に違反し無効である。

(四)、本年十二月四日交渉団員は二千十六名の人員整理案を受諾したと云ふが、

1、山形地方の勝手な単独受諾により交渉団の構成がくづれている。

2、右受諾に秋田地方は参加しなかつたが中央闘争委員会は秋田地方独自の交渉権を承認し、この旨を交渉の席上に於て会社側に通告している。

3、更に右協定は各個人に対する解雇を承諾したものでない。よつて右協定は無効である、すくなくとも秋田地方に関する限り効力を生じないものと言はなければならない。

と陳述した。(疎明省略)

理由

申請人の申立は之を要するに被申請人等はいづれも申請人会社の被傭者であり且申請人会社の従業員が組織する帝国石油労働組合の組合員で同組合中央委員長同組合秋田地方委員長その他の地位にあつたものであるが、申請人会社は企業整備の為被申請人等を解雇したのに拘らず、被申請人等は解雇の無効を主張し依然として従来の組合役員の地位にあるものとしてその職務を執行し申請人会社の事業に支障を与へて居るからその職務執行停止並に代行者選任の仮処分を求めるものであるといふのであるが、労働組合は自から組織し独立して使用者と団体交渉等をなすことを本来の目的とし組合役員の選任解任は専らその組織権に属するものであり、労働組合は使用者と対等の地位に立ち労働組合が使用者の正常な運営に干渉してはならないと同様使用者も組合の正当な組織及行動に干渉してはならないものであることは労働組合法の精神から見て明かなことで若し会社よりの本件申請の如きを許さるべしとすれば、会社は自己の好まざる組合指導者に対しては常に其職務執行停止の挙に出て其好む者をして代行せしめるを得るを以て組合は全く御用組合と化すに至り法の目的とする組合の自主性は没却せらるるに至るであらう、あに斯の如き理あらん即ち申請人の本申請は帝国石油労働組合が自から処置すべき問題であるのに、組合役員であつた被申請人等の解雇を理由として外部よりその職務執行の停止等を求めるものであつて、斯る措置は前記労働組合の自主性を侵すものと謂ふべく、申請人の申請は之を許容すべきではない。仮りに被申請人等が解雇を否認し労働組合役員としての職務を行ひ又は会社の事業に支障を来す行動をとるとすれば、申請人としては被申請人等の組合役員たる地位を否認し、又は他の適当な処置に出ずべきものである。

よつて申請人の申請を理由なしとして却下し訴訟費用に付ては民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。

注、昭和二十四年一月二十六日控訴の申立あり。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例